2007年11月21日
作品No.028 鏡 響子
持ち主:鏡 響子
どんな人?:屈折した幸せを求めています。

鏡 響子の「しあわせのカタチ」 作:鏡 響子
ヌーさんは今から丁度400年も前に、ある彫刻家の手によって生み出されました。彫刻家の生まれ育った国には、たくさんの人々が住んでいました。この国の人たちは、外見はごく普通の人間のように見えましたが、実は、とても変わった、ある特徴をそなえていました。それは「お金がなくなると死んでしまう」という特徴でした。国の中には、ごくわずかに「人間はお金だけで生きているのではない」と主張する人々もいましたが、そういう意見をちょっとでも考えたりする人のことを王様が聞きつけると、お金がその人の手に渡るのを役人が止めてしまいました。そして、彼らもまた、お金が堰き止められた途端、案の定死んでしまうのでした。当時は、食べ物を食べるのにも、息を吸うのにもお金がかかったのだから当然でした。そんなわけで空気や水、食べ物よりも、お金こそが人々の生命の源として、大切に崇拝されていました。その当時、「お金に換算できないもの」や「値段のついていないもの」は国中に一つも存在しませんでした。
そんな中、彫刻家もこころの中で、「人間はお金だけで生きているのではない」と思っていましたが、なかなかそれを口に出すことはできませんでした。そこで、その国で初めて、値段のついてないものを作ることにしました。それがヌーさんでした。土をこね、焼成し、ヌーさんが出来上がったとき、彫刻家は「自分は幸せだ」、と思いました。しかし、この国では、値段のないものを所持することは重大な犯罪と見なされていたので、彫刻家もいずれはヌーさんに値段をつけなければならない運命にありました。そこで、このまま自分が所持することで、ヌーさんに値段が生じることを恐れた彫刻家は、国中で一番高い、誰も登ったことのない山の頂上にヌーさんを置くように、知り合いの鷲に頼んで置いてきてもらいました。もっともこの山も、誰も登った人はいなかったものの、国の財産としての登録がされ、遺産としての値段がつけられていました。それでも、誰にも見つからず、手の届かない、値段のつけられない場所に作品を置けたことを彫刻家は喜び、「これでよし」と思いました。彫刻家は、世界で唯一つ、値段のないものを生み出したことに心から満足しました。
それから200年の歳月が流れました。時は23世紀になっていました。ヌーさんは、国中で一番高い山から、いつも国の人々を見下ろしていました。そこからはいろいろなことが見えました。そのときになってもまだ、みんなが、お金でもののやりとりをしたりしていました。というよりも、ものでお金をやりとりしていた、というほうが正確だったかもしれません。ですから、魚屋さんでも、裁判官でも、教師でも、美術商でも、医者でも、扱うものが違うようでも、やっていることは皆すべて、「お金を動かす」というただ一つのことだけなのでした。そんなある日、ヌーさんを生み出した彫刻家の彫刻作品が、画商や美術愛好家の間で法外な値段でやりとりされているのを見つけました。ヌーさんは、自分に似たような彫刻作品が蒐集家や研究者の間で、天文学的な値がついているのを見て、「こんなところで高みの見物をしていることに飽き飽きした。」と思い、自分も国に降りていけば、法外な値段をつけられてちやほやされ、楽しい暮らしが送れるのではないか、と思い、山を転がり落ちて、川を下り、街に出ていくことにしました。
ヌーさんは、3ヶ月以上かかって、山から下りてきました。山から下りてまず、画商や美術商のいそうな街に出没することにしました。
中でも、ヌーさんは、彫刻を専門に扱う、画廊の前に居座ることにしました。そこは、山から見たときに、ヌーさんを生んだ彫刻家の作品に法外な値をつけていた画廊です。そこを通りがかった、20世紀末前後の彫刻の研究を専門にしていた研究家がさっそくヌーさんを見つけました。「これは大変なことになった」と研究家は言いました。研究家は直接手で触れないようにヌーさんをハンカチでくるむと、かばんにそっとしまいました。ヌーさんはしめしめと思いました。「さしずめ、美術史における大発見だと思っているのだろう。」とヌーさんはかばんの中で思い、自分にどんな値がつくのか楽しみで仕方なくなりました。
何時間かたって、ヌーさんが、やっとかばんからとり出されたのは、警察でした。美術研究家は、ヌーさんが、21世紀初頭に、西嶋雄志という彫刻家によって生み出された、値段のついてない、違法なものであることを警官に説明しました。値段のついてないものは、存在することができないこの国では、値段のないものを見つけ出す探知犬や、捜査網が国中に張られており、そういうものを発見した場合は、すぐに警察に届けなくてはならないのでした。今世紀は、西嶋雄志の研究も大分進み、2007年ころに値段のない作品を製作した、ということが、本人の日記から分かっていたのですが、作品そのものがどこにあるかは、長い間の謎でした。これに関し、そういう違法な作品作りに手を染めていたのかどうかをめぐって、研究者の間でも意見が分かれており、もしそんな作品があった場合、他の作品の評価をも揺るがしかねないとして、長らく物議をかもしていました。また、約200年もの間、その作品が存在するのかどうか、警察の捜査の対象にもなっていたのでした。
作品は、鑑別にかけられ、間違いなく2007年の西嶋雄志氏の作品であることが証明されました。日記に書いてあった作風と、ヌーさんそのものとが符号したため、警察は、200年もの間、未解決だった事件を解決した功労者である、第一発見者の彫刻研究家に礼を述べ、警視総監賞と賞金を授与しました。その夜は、警察のみんなで大宴会をし、事件の解決を祝いました。
「この作品は、明日、焼却処分にする。」そう、警察庁長官が言うと、警官たちから歓声が沸きあがりました。
ヌーさんは、何とかしてこの場から逃げ出そうと思いました。つぎつぎに料理が出て、酒がふるまわれるなか、みんなが酔っ払いはじめたころ、仲居がサザエのつぼ焼きを出してきました。皆がサザエのつぼ焼きを食べ、殻をつぎつぎに皿に乗せ始めた後、何食わぬ顔でヌーさんは同じ皿の上に乗りました。仲居は皿を厨房に下げると、殻を洗い始めました。こうして、次からはサザエの中身を半分だけにして、殻を使いまわすのです。ヌーさんを見つけた仲居は、一瞬不審な表情を浮かべましたが、次の瞬間、ヌーさんを生ゴミと一緒にゴミ箱に捨てました。
その夜、ホームレスの男が、この料亭のゴミ箱をいつものように漁りに来ました。男は、かつて「人はお金だけで生きているのではない。」と主張したために、職を失い、路上生活を強いられるようになったのでした。この国では、ゴミにも、値段がつけられ、ゴミ処理業者を通じて、料亭と金銭のやりとりがされていたので、このような漁り行為も犯罪であり、命がけでした。その夜は、あまり、残った料理がなさそうだったので、男は、いい加減あきらめて他の店に行こうと思い始めた矢先、とがったもので、手を若干怪我しました。それがヌーさんの角でした。「なんだ、畜生!」とホームレスは思いましたが、自分の寝ているテントがいつも風に吹き上げられて困っていたので、この尖った置物があれば、いい、重しになるだろう、と思い直し、持って帰ることにしました。ホームレスはテントの角の穴と地面にヌーさんを逆さにして突き刺し、「いい塩梅だ」と思い、眠りにつきました。
翌朝の新聞には、「ヌーさん」が警察から紛失してしまったことが一面に大きく載っていました。ヌーさんの拡大写真とともに、「見つけた人には懸賞金を1億円出す」、という警察庁の発表も出ています。
それを読んだ国中の人たちが、ヌーさんを必死になって探し始めました。ヌーさんを誤って捨ててしまった仲居は、ゴミ処理場にヌーさんがまだあるのでは、とゴミ処理施設に出向いていき、事情を説明して、中を探させてくれ、と申し出ましたが、それを聞きつけた何万もの人たちが、いっせいにゴミ処理場に押しかけてきました。ゴミ処理場の職員も、本来の仕事をやめて、ヌーさんを探し始めました。こうして、ヌーさんが見つかるまでは、ゴミの処理を停止する取り決めがなされました。
一方、ホームレスの男は、おなかが空いたので、その日もまた、いろんなレストランや、料亭のゴミ置き場にこっそりと出かけていきました。あるレストランのゴミを漁るうちに、その日の朝の新聞が出てきました。食べながら見てみると、ヌーさん紛失の事件と、懸賞金の記事が出ています。男は、ヌーさんが紛失した料亭と、自分があの日ヌーさんを持ち帰った料亭が同じであることに気づきました。そして、自分がかつて「人はお金だけで生きているのではない」と主張したことはすっかり忘れ、懸賞金のことで頭がいっぱいになり、食べ物どころではなくなり、すっとんで帰りました。
ところが、テントのところに突き刺していたヌーさんはもういませんでした。朝、通学途中のこどもたちが、ゴルフごっこをするのに、ピンがわりに引き抜いてしまったのです。子どもたちは、傘でゴルフごっこをしていたのですが、その中のガキ大将が、ボールごと、ヌーさんをを天高く打ち上げました。周りのこどもたちは、「ナイスショ〜ッ!!」とはやし立てましたが、そのままヌーさんは子どもたちからは見えないところに飛んでいきました。
ヌーさんは、公園から遠く離れた、アラブの大使館のモスクの上に着地しました。そこはたまねぎのような屋根だったので、似たような形のヌーさんは、人から見つからずに済んだのです。しかし、その高い屋根からは、国中の人々がヌーさんを血眼になって探しているのが目に入りました。このままでは見つけられて、懸賞金と引き換えに自分が焼却されるのも時間の問題だと思い、通りがかった鷲に、自分がもといた山の上に連れて行ってくれるよう頼みました。
鷲も一瞬、懸賞金のことが頭をよぎりましたが、鷲はお金をもらっても、どうせ食べられないし、紙幣を巣にするくらいしか使い道がないことが分かっていたので、ヌーさんの言う通りにしてあげました。
こうして、ヌーさんは、再び、もっとも高い山の上に帰ってきました。そして、値段のない、元の自分に帰ることができました。そこからは、国中の人々が、いつまでも、ゴミ処理場で自分を探し続けている様子がよく見えました。
それ以来、ヌーさんは、二度と、自分に法外な値段をつけられたい、と思うことはなくなりました。国の人々は、それ以来、ゴミを処理できなくなったので、国中にゴミが堆積していく中、いつまでも、ヌーさんを探し続けました。
おわり
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- at 16:12
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